“お前は常に神のためだけに祈りを捧げなさい。”


 “あなたは主に選ばれし娘なのだから、主の伴侶となりなさい。”


 あたしはそう、常に神父やシスター達に言われていた。





乙女の祈り

 毎朝小鳥が起きる頃に鐘がなり、なり終わるまでに廊下で整列しながら目をつぶって神に祈りを捧げないといけないし朝食の前は目を瞑ってぶつぶつ言いながら祈りを捧げる。

 ……下らない、何であたしが一昔前の考えをもっている岩頭達と暮らさなきゃいけないの? それに、存在が分からない奴に何で祈りなんか捧げなきゃいけない訳? 冗談じゃないわ!!

 …仕方が無いか。だって、ここはあたしが生きざるをえない場所なのだから。



 あたしは気がついたら教会の前に捨てられていた……昔神とやらが受けた傷口にヘンなアザがあるって言う理由だけで。アザを見た神父やシスター達はそれを見るや否や口々にこう言い出した。


 “お前は常に神のためだけに祈りを捧げなさい。”


 “あなたは主に選ばれし娘なのだから、主の伴侶となりなさい。”




 あたしは幼い頃から周囲の同世代よりも冷めた思想を持っていて、常に神父やシスターたちの小言を『岩頭の台詞を聞くと全身が岩になるから左に入って右に入るようにしよう』と、言い聞かせていた…あいつと出会うまでは。




******



 あの日、あたしはいつものように礼拝堂で神に祈りを捧げる…振りをして仮眠を取っていた。小鳥が起きる時間帯に起きるのには疲れるし…何より眠いしね。

 すると、後ろに人の気配を感じて寝ぼけながら振り返ってみると…あいつがいた。

 最初見た時は流浪の人間かと思ってしまった。だって、焔のように赤い髪はくたびれているし、服装はツギハギだらけのボロボロだったからだ。

 あいつはあたしを一目見て

「確かに、噂どおりだな」

 と言った。

 それを聞いたあたしは

「何が噂どおりなのよ」

 と言い返した。そいつが何を言っているのかさっぱり理解できなかったから。

 すると、あいつは

「この街で噂になっているんだよ」

「噂? 何よ、それ」

「“アドルノ教会には主が天に召される間際に受けた傷跡を持つ少女がいる”ってな。…俺はその噂を聴いてここへ来た聖アーヘンバッハ教会から派遣されてきたエッカルト・ベルギウス、一応神父だ。お前は?」

 あいつ――エッカルトに促されるかのように、あたしも名乗った。

「…クリス。クリスティーナ・カルゼン=ブラッカー」

 エッカルトはあたしの名前を聞くや否や

「クリス、お前は今すぐに荷物をまとめるだけまとめてここに来い」

「何で?」

「理由は後だ。今すぐに、ここを出るぞ」

「…あんたさ、神父の名を騙った人攫い?」


「まさか。お前があの教会を出たいって顔をしていたから、手を差し伸べるだけだ」


 それは夢にまで見たことだった。あたしはエッカルトの言葉に頷いてしまった。それがいけない事だと知っていても。でも、もうこの生活がウンザリで仕方が無かったから…ただ、あいつの言葉に頷いてしまった。

 そして、すぐに自分の部屋に戻るとこの教会を出て行くために、この間市場で神父やシスター達に黙って買った大きな茶色のトランクをベッドの下から引っ張り出した。必要最低限の衣類は前もって中に入れている為、慌てて中を詰め込む必要性は無い。

 何故か分からないけれど、礼拝堂までの廊下では神父やシスター達に会わなかった。…布施集めに全員町へ出かけているのかしら?

 トランクを両手で抱えて礼拝堂へ戻ってくると、エッカルトは待ってくれていた。

 あいつはあたしの姿を見つけると、紳士のように手を差し伸べてくれた。あたしはその手を握ってあいつとともに教会を出て行った。



******



 それから、5年の月日が過ぎ去った。

 あたしは、エッカルトと共に聖アーヘンバッハ教会にいる。

 新生活は最初は慣れない事だらけだったけど、エッカルトがそばにいてくれているだけで不思議と慣れてしまった。教会の人たちも、あの岩頭連中よりも親しみやすいので上手くやっている。



 あたしはエッカルトと共に礼拝堂の掃除をしていると、ずっと疑問に思っていた事をぶつけてみた。

「ところで、何であたしをあの教会から連れ出したの?」

 俺とお前だけの秘密だぞ、と前置きをして奴は話し始めた。

「教会の上層部の命令でな。アドルノ教会にスティグマ――聖跡の事を言う――を持ち、祈る事で不思議な力が使える娘がいるからここへ連れて保護して来いって言われて来たんだよ」

 あの教会の連中、俺が聖アーヘンバッハ教会の人間と知るまでは人間以下の扱いをしていたんだぜ、と付け加えて。

 なるほど、だから神父やシスター達があたしに口すっぱくあんな事を言っていたわけだ。


 “お前は常に神のためだけに祈りを捧げなさい。”


 “あなたは主に選ばれし娘なのだから、主の伴侶となりなさい。”って。


「まさかね、あたしが祈る事で不思議な力が使えるとはね〜」

「…お前、まさか無自覚か?」

「当たり前じゃん。…あーでも、その力……あたしは、その…」

 理由を聞いた途端、何だか顔から火が出そうな気がしてきた。

「何だよ、はっきり言えよ」


「あたしは…その力は…エッカルトの為にしか使わないって、上の人間に言っておいてね」


 だって、あんたはあたしを初めて一人の女の子としてみてくれているんだから…。

 だから、あたしはあんたの為にしか祈らないからね。



Fin.