金いろのひつじ
あるところに、ひつじのおせわがだいすきなおんなのこがいました。
そのこのいえは、ひつじをかってくらしていました。
おんなのこのたからものは、おとうさんと、おかあさんと、いっぴきのひつじでした。
そのひつじは、けのいろがおひさまのいろをしていました。
ほかのひつじたちは、そのひつじのけのいろがじぶんたちとちがうからといって、なかまはずれにせず、まいにちたのしくくらしていました。
おんなのこは、そのおひさまのけのいろをもつひつじを「きんいろのひつじ」とよんで、とてもかわいがりました。きんいろのひつじも、おんなのこのことがだいすきでした。
あるひのこと。
おんなのこは、おもいびょうきにかかりました。
おとうさんとおかあさんは、おんなのこのびょうきをなおしたいきもちでいっぱいになり、おいしゃさんをいえによんで、おんなのこをみてもらうことにしました。
おんなのこのようすをみたおいしゃさんは、こういいました。
「このこには、くすりがいる。だけど、そのくすりはとてもたかいですよ」
おとうさんとおかあさんは、とてもかなしみました。
あるひ。
ひつじのせわをしていたおとうさんのところへ、きんいろのひつじがやってきました。
「なんで、おんなのこがいないんですか?」
おとうさんは、きんいろのひつじにおんなのこがそとにいないりゆうをおしえてあげました。すると、きんいろのひつじはめにいっぱいなみだをためて、こういいました。
「ぼくのけをかってください。そして、そのけをうっておんなのこのびょうきをなおすくすりをかってください」
おとうさんは、おどろきました。
なぜなら、きんいろのひつじのけをいっかいでもかってしまうと、にどとそのおひさまのいろのけにならないということをしっていたからです。
「ありがとう。だけど、おまえのけをかってしまうとにどとそのいろにはならないよ」
おとうさんがいっかいことわっても、きんいろのひつじはひきません。
「いいんです。ぼくはこのけのいろがなくなることよりも、あのおんなのこがいなくなることのほうがとてもつらいんです。おねがいです、どうか、ぼくのけをかってください。そして、そのけをうっておんなのこのびょうきをなおすくすりをかってください」
おとうさんはなみだをながしながら、きんいろのひつじのいうことにしました。きんいろのひつじも、そのめからしずかにないていました。
つぎのひ。
おとうさんはきんいろのひつじのいうとおりに、ていねいにけをかりました。そして、まちまでそのけをうりにいくと、たかくうれました。そのおかねで、おんなのこのびょうきをなおすくすりをかいました。
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「それで、このおひさまと同じ色の毛を持つ羊さんと女の子はどうなったんだい?」
カーテンを閉めた窓には、仕事中の私と、小学生の愛娘の影が移っている。
壁という壁には天井まで届きそうな本棚。その中には古今東西の本や仕事に使う資料がしまっている。ドア近くの壁には仕事机と私が座っている椅子がある。
電気ヒーターが稼働する音をBGMに、私は平仮名がいっぱい書かれた画用紙を両手に持ち、愛娘に訊いた。
彼女は私の膝に乗ったまま、愛くるしい笑顔を私に向けながら意味ありげに笑う。
「えっとねー……ないしょ! しぃー、だもん!」
やれやれ、降参だ。私は苦笑しながら、娘の頭を優しく撫でた。
一旦娘がこう言ってしまうと、彼女は頑として口を割らないだろう。そこは、私の愛する妻と瓜二つだ。
「で、どう? おとうさん。そのおはなし、よくできてる?」
「うん、とてもよく書けてるね。これをお母さんにも見せてきなさい、きっと喜んでくれるよ」
「はーい!」
娘は元気よく返事をすると、画用紙を片手に書斎を出て行った。
おとうさん、まちはずれのおやしきにでてきたおんなのこのはなし、いつかきかせてね。
私は仕事机に向き合うと、隅に置いてある木目が美しい写真立てを手に取った。そこには、学生服の女子生徒と彼女の同級生だった私が並んで立っている。
一回も染めていない黒く長い髪をうなじでまとめ、黒ブチのビン底メガネをかけた、全体的にぽっちゃりした体型を校則の通りに着こんだ制服に身を包んでいる少女と、坊主頭に黒ぶち眼鏡をかけて、学生服を着た私。
――全く、あんたは昔から女の子に対する気遣いがなってないわね。そんなだから、皆からチキンって呼ばれるのよ。
今でもこの写真を見る度に、彼女の言葉やしぐさが脳裏に蘇る。
彼女は今でも、私を見守っているのだろうか。私を、恨んでいないだろうか。
いや、恨んで当然だろう。私はあの時、彼女を裏切ってしまったのだから。
「……ごめんね、××ちゃん。あの時、逃げてしまって」
目頭が熱くなったのは、歳のせいではないだろう。
私の娘よ、いつか話してあげるよ。
私があの街外れの館で過ごした日々と、あそこにいた少女の事を。
Fin.