DREAM


 外から聞こえてくるのは、小屋で飼っているニワトリたちのけたたましい声。それを合図に俺が起きようとすると…あれ? 何か体に力が入らない。さては弥生(やよい)の奴、昨日の晩飯に何か入れたか? 左右の人差し指を動かしてみると……動いた。足も動かしてみると、こちらも異常なし。

 額に手を当てると、熱がある。どうやら、俺は風邪を引いたらしい。そういや昨日風呂はいる前から妙にだるいと思っていたけど…風邪を引くとは。



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「バカはカゼ引かないって昔から言うけど…あんたがカゼを引くとはね」

 太陽が少し昇り、村人が農作業に出向く時間帯。

 水を入れている小さい(おけ)を持ってきた弥生が呆れて言った。橙色の髪に蒼い目。薄桃色の小袖がよく似合っている。それに対し、俺は藍色の甚平だ。

「うるせーな」

 俺はガラガラ声で反論する。

「そんな声で言っても迫力ないよ。それに、あんたはバカじゃなかったんだね。睦月(むつき)

 弥生は手ぬぐいを絞って俺の額に当てた。冷えた手ぬぐいが額の熱を奪い去っていく。

「今日は大人しく寝ていなさいよ。カゼが悪化しても知らないから」

「分かっている」

 それでよし、と弥生は俺の部屋から出て行った。そして、部屋には俺一人。昔は部屋に一人でいたときは読書をしたり、おばあ様の部屋に足を運んだりしたものだった。だけど、それは昔の話。

 一人になってふと考える。あの時おばあ様がご逝去されなければ、俺は…色々考えるうちに、俺は睡魔に襲われた。



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 気がつくと、俺は林道を歩いていた。漆黒の髪はうなじ辺りに真っ白い鉢巻きで結わえ、上は剣道の黒い稽古着で下は袴。腰に木刀を差していて足に草履を履いている。昔、おばあ様が生きていた頃の格好だった。

 耳をすますと、水が流れる音。大きいから、おそらく川だ。俺は水が流れる音を頼りに歩き出した。

 前へ進んでいくと、幅の広い川が流れている。その川の向こうに誰かが立っている。よく見ると…いっぺんの曇りもない白髪、俺と同じ銀色の目…。

 よく覚えている。忘れたことなんて一度たりともない。

「おばあ様!」

 俺は叫んだ。おばあ様は整然と変わらぬ様子で、川向こうにいた。

「おばあ様! 待っていてください、俺もそっちに行きます!!」

 すると、体が動かない。前を見ると、おばあ様は背筋を伸ばして俺をにらんでいる。それは、俺が川向こうへ言ってはいけないと言うことですか?

「『今、お前はここに来てはいけません。お前にはやるべきことがまだあるはずです。だから、それをやり遂げるまで死んではいけません。どんなにつらい事があっても、どんなに苦しい事があってもそれをやり遂げなければいけないのです』。…椿(つばき)は、そう言っている」

 俺の横で誰かが言った。俺が横を向くと俺と同じ年位の少女がいた。同じ顔、服装、木刀、草履。ただ違うのは、彼女の髪型がポニーテイルだということ。おばあ様同様、忘れたことなんてない。こいつは、俺の…。

 俺が口を開くより早く、少女は俺の唇に人差し指を当てて口火を切った。

「相変わらずババコンで、そのクセが直っていないんだな、睦月。でもな、今は私を探すな。私よりも早く、あいつ(・・・)に会うべきだ」

 少女はそう言って、俺の額を叩いた。それと同時に、俺の意識が飛ぶ。



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 …目を覚ますと俺は部屋にいた。どうやら夢を見ていたらしい。耳を澄ますと、弥生が四苦八苦しながら料理を作っている音が聞こえて来る。カゼの後の腹痛を覚悟して、俺はまた一眠りすることにした。

 が、弥生がこっちに歩いてくる。もうできたのかよ…。(ふすま)が開いて、弥生が入ってきた。左手に持っている器から湯気が出ている。

「睦月、ごはんだよ。食べられる?」

「何とか…」

 俺が上体を起こすと、弥生は布団の横で正座をした。すると、柄杓におかゆを入れて何回か息を吹きかけるとそれを差し出した。

「はい、あーん」

「そんな子供っぽいことができるか」

「えー、もしかして睦月、はずかしいのー?」

 弥生はニヤニヤ笑いながら言った。

「そんなわけあるか! それ位俺一人で食えるわ!!」

「病人に無茶するなって昔から言うじゃん。ほら」

 弥生は柄杓を俺の前に近づけた。彼女の目が“問答無用”と訴えている。弥生、言っておくが“病人に無茶するな”って昔から言わないぞ。

 俺は渋々口をあけた。弥生が口の中に柄杓を入れておかゆを流し込んだ。俺はそれを口の中でゆっくり()んで飲み込む。他人から見たら“自力でエサが取れない雛鳥にえさをあげる親鳥”の様子だ。

「俺ほどじゃないが、うまいな」

「うーわー、すっごい嫌味ー」

 弥生は再び柄杓におかゆを入れながら言った。そして、さっきの行為を数回繰り返す。
「ごちそうさまでした」

 そう言うと、俺は布団にもぐった。

「おそまつさまでした。…睦月、」

「ん?」

 俺が見上げると、弥生が切なそうで、泣きそうな顔をしていた。

「これからも、ずっと一緒にいてね」

 弥生はそう言うと、器を持って立ち上がり踵を返して部屋を出た。襖を閉める音の直後、(かす)かだが弥生が鳴いている声が聞こえてきた。

 …分かっていたのかもな。弥生のヤツ、他人の事となるとカンが鋭くなるから。俺は夢を見ていた際に、あいつに言われたことを思い出していた。

「『今、お前はここに来てはいけません。お前にはやるべきことがまだあるはずです。だから、それをやり遂げるまで死んではいけません。 どんなにつらい事があっても、どんなに苦しい事があってもそれをやり遂げなければいけないのです』。

 …椿は、そう言っている。相変わらずババコンでその癖が直っていないんだな、睦月。でもな、今は私を探すな。私よりも早く、あいつ(・・・)に会うべきだ」

「ババコンは余計だ。冬香(とうか)

 俺は自分にしか聞こえないように呟くと、目をつむった。

Fin.