俺は夢の中で人魚に会った。彼女に言われた事を夢からさめても覚えている。
「・・・・忘れないで・・・・・私が・・・あなたを・・・・」
彼女は一体何者なんだ・・・・・? 俺は、それを知るべく故郷に帰った。

人魚の涙

ガタタン ガタタン ガタタン ガタタン
 田舎特有のワンマン電車に揺られながら、俺は窓からの景色を覗いていた。青い海が懐かしい。
 俺の故郷は海に面した小さな港町だ。俺はよく友達と海で遊んで真っ黒に日焼けしたり、親父が釣ってきた魚料理を食べたり、お袋が冷やしてくれたスイカを友達と食べたりしていた。そうやって、昔の思い出に浸っていると、ある記憶がよみがえってきた。
 それは、ある嵐の晩だった。
 俺は、海の様子を見に行った親父とお袋が心配になって、一人嵐の海へ駆け出した。港へ行くと、二人の姿は無かった。波にさらわれたんだと思った俺は、灯台付近まで二人を探しに行った。すると、突然来た大波にのまれて海の中へ引きずり込まれた。そこまでは覚えている。だけど、そこから先は記憶がさっぱりない。気がつくと、あの大波にのまれた時と同じ位置に大の字になって倒れていた。駆けつけた親父の漁師仲間の人に見つけてもらった際に、俺は両親の死を知った。俺の遺体があがってこないから、必死で海の中を探していたらあそこに倒れていたのを見つけたそうだ。
 俺は結局、市内に移り住んでいて教師をやっている親父の兄夫婦に引き取られた。お袋は一人っ子だったから、親戚が一人もいないのだ。でも俺は市内に移り住んでから、ある夢をよく見るようになった。
 俺は、海の中にいて呼吸すらできない状況にある。そこへ、人魚が助けに来るのだ。でも、その人魚の顔まではわからない。見えないのかも知れないし、俺が何かを恐れて見ていないだけかも知れない。彼女は、俺が波にのまれた場所まで運ぶと、耳元で囁いた。
『・・・・忘れないで・・・・・私が・・・あなたを・・・・』
 そこで、夢は終わる。俺は、その夢の真相を探るべく夏休みを利用して故郷へ行くことにした。最初伯父さんは故郷に俺一人で行く事に反対していたけど伯母さんが
「悠基(ゆうき)君が行きたいなら、行けば良いじゃない」
 と、その一言で伯父さんを黙らせた。俺は、二人から旅行資金をもらって、一人で故郷へ帰ることにした。
 ホームにつくと、俺の姿を見つけた爺ちゃんが白いキャップを振って待っていた。俺は背負っていたリュックを担ぎなおして爺ちゃんのところへ急ぐ。
「爺ちゃん、久し振り!」
「おお、悠基君。よう来た」
 爺ちゃんは俺の方を叩いて歓迎してくれた。真っ黒に日焼けした肌、白髪混じりの髪。爺ちゃんは全く変わっていない。
 爺ちゃんの車に乗り込み、街中を走る。町は変わっていない。俺が窓から景色を覗いていると
「今日は、孝之(たかゆき)達の墓参りに来たのかい?」
 と訊いてきた。ちなみに、孝之とは俺の親父の名前だ。
「うん。お盆が近いついでに、ある程度宿題を終わらせたいから」
「そうかそうか、ゆっくりしていきなさい。悠基君はなんだ・・・・・あれだ・・・・・えーっと・・・・・」
 ハンドルを握る爺ちゃんが頭を抱えている。
「中学受験?」
「そう、それだ。するのかい?」
「・・・・普通の中学に通う・・・・・かもしれない」
 そんな事、分からない。伯父さんたちは
『するしないは悠基君の自由だ』
 って言ってくれているけど、本当はわからない。車内が気まずい雰囲気に呑まれそうになるのを避けようと、俺は話題を変えた。
「爺ちゃん。ここの海って人魚とか出るの?」
「人魚? ・・・・・はて、聞いたことがないのう」
「そっか。ありがと」
 出ないのか、人魚。それだったら、あの夢は何を意味しているのだろう?



 爺ちゃん家につくと、婆ちゃんが潮干狩りか何かの帰りらしく、海の匂いを漂わせて帰ってきた。手に持っているバケツには、貝がたくさん入っている。
「今日は悠基君が来るって唯(ゆい)さんから聞いたから、いっぱいご飯作るからね」
 婆ちゃんはニコニコ笑いながら家に入った。(唯さんとは、おばさんの名前だ。)俺は、玄関で靴を脱いで客間に荷物を置いた。爺ちゃんは部屋で釣りの仕掛けでもいじっているのだろう。
 客間に大の字になって、天井を見上げる。あの時の人魚は、一体何者だったんだ・・・・・? 俺は小学校で仲がよかった奴を一人一人思い出す。
 ・・・・・幼なじみでケンカ友達だった洸一(こういち)、飛び込みと水泳がめちゃくちゃ上手だった恭(きょう)ちゃんに男勝りで世話好きだった麻梨(まり)、双子でよく入れ替わって先生をだましたりイタズラばかりして怒られていた純平(じゅんぺい)と弘平(こうへい)。あと、もう一人いたはずだ。よく、教室で本を読んでいて、水泳の授業のたびに見学していた女の子。よく、麻梨が話し掛けていたはずだ。それで、俺たちともつるんでいたはず。・・・・・誰だったっけ? 確か、名前は・・・・・思い出せない。何で、彼女だけ・・・・・・。
 俺はそんな胸のひっかかりを覚えながら婆ちゃんのご飯を食べて、爺ちゃんと一緒に風呂に入った。
 星がよく見える。市内と違って、ここは空気もきれいだし食べ物もおいしい。でも、よく眠れない。昼間、考えていた事が引っかかって仕方がない。すると、海の方から歌が聞こえてきた。

海にさ迷う魂は

月の光と共に舞い上がります

私はその魂を見上げ

その者達の思いを心にとどめることしかできないのでしょう

私の心はどこにもないのです

もう・・・・・遠い昔にどこかへ置き忘れてしまったから・・・・・

 俺はその歌声につられるかのように、ふらふらと家を出た。行く先は決まっている。港から西へ行くと、白い砂浜がある。そこには、でかい岩が並んでいる所がある。そこに歌声の主がいるようだ。
 砂浜は、昔と変わらず白くて透き通っている。俺は、そんな感触を靴の裏で確かめながら歌を頼りに歩き出す。その歌は、どこか懐かしくて、どこかせつない。そんな歌だった。
 歌の主は、砂浜の奥にある洞窟から聞こえてきた。そこは空洞になっていて、道がある。道の横には少し深い溝があって、そこには海水が流れている。よく皆と一緒に肝試しをしたものだ。俺は深く息を吸うと、そこへ進んだ。
 そこにいたのは、人魚だった。
 砂浜のような薄茶色の髪が背中まで伸ばされていて、下半身は魚。まさしく人魚だった。しかも、俺と同じぐらいの女の子。彼女が悲鳴をあげる前に、俺は先手を打った。
「まって、叫ばないでくれ! 俺はたまたま君が歌っていた声を頼りにここに来ただけだ! 別に、どっかの尼さんみたいに君を食う気なんて」
「・・・・・・八百比丘尼(やおびくに)」
「え?」
「八百比丘尼だよ。人魚の肉を食べて不老不死をえた尼の名前」
 人魚は透き通るような声で答えた。彼女は、かすかに笑うと
「久し振り。谷(たに)君」
 谷君・・・・・? ああ、やっと思い出した。俺はいつも、あの子にそう呼ばれていたんだ。
「・・・・・・・・望月(もちづき)? お前、望月霞(かすみ)か? 何でこんな所にいるんだよ」  俺は人魚――望月に訊いた。彼女は悲しそうに笑うと
「私ね・・・・・・人魚なの」

 岩でできた壁の隙間から、星が瞬いている。俺は望月のそばに腰を下ろすと、彼女はポツリポツリと話し始めた。
「昔、私のお母さんが人間の男の人と恋に落ちたの。そして二人は契りを交わして・・・・・・・・その結果、生まれたのが私」
「ハーフって・・・・わけか」
「・・・・・まあ、そんなところ。それでね、お母さんは私を生んですぐに死んじゃって、お父さんは男手一つ私を育ててくれたの。あの・・・・・嵐の晩までは」
 望月は瞳を涙で濡らしながら続けた。
「あの晩、私はお父さんが心配で港へ行ったの。『海の様子を見てくる』って行ったっきり帰ってこなかったから。私、実はお父さんに言われていたの。『絶対に水に近づくな』って。港について、お父さんの姿が見えないから・・・・・一人ぼっちになるのが怖いから・・・・・。私、海の中に入ったの。・・・・・人魚だったんだなって知らなかった。そして、お父さんを探しに泳いでいたら谷君を見つけて灯台付近まで運んだの。後は、お母さんの身内に当たる人魚の人と会ってね。その人と一緒に海の中にある人魚たちの住処に今はいるの」
 望月は涙で頬を濡らしながらいったん区切ると、俺に近づいた。彼女の顔が目の前にある。何かを言おうとしても、言えない。望月は顔を離すと、泣きながら言った。
「忘れないで・・・・・。私が・・・・・谷君のこと・・・・好きだったってこと・・・・・」
「ああ・・・・・」
「忘れないで・・・・・私との思い出・・・・・と、私のこと・・・・・」
「忘れないよ。絶対に」
 うん、と望月は泣くのこらえて微笑むと、溝へ消えた。忘れないよ、望月。お前が、俺の命の恩人だってことを。絶対に、忘れない。
 俺も、お前の事が好きだったんだからさ・・・・・・・。

Fin.

後書き(と言う名の言い訳)

キリ番300です。猫日 空様から『タイトルは人魚の涙で、人間の男の子と人魚の女の子の恋愛』でした。
私は恋愛話はめったに書かないので、どんな話にするべきか散々迷ってしまいUPするのが遅くなってしまいました。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
“人魚”なんだし、ちょっと調べてみるかー、と言う軽い気持ちで調べてみたら・・・・・・・結構引いたのでやめました。
このような機会をいただいてくださった猫日 空様には最大級の感謝と感謝以上のお詫びを捧げます。



雲峯水零