夜空を見上げて思うこと

 天正村(てんしょうむら)を出て初めての夜。7人は林道(りんどう)にひっそりと立っている廃寺(はいじ)を見つけてそこに一晩泊まる事にした。
 弥生(やよい)は『幽霊(ゆうれい)が出そう』と怖がっていたが、リンが彼女に
「幽霊がこの辺に出るか。もし出たとしても風の音とか、そんなもんだよ」
 と一蹴した。食事はリンが持って来たベルガモット軍の携帯食料と栄養剤、それと楓(かえで)が持参していた水筒(すいとう)の水を皆でちびちび飲んだ。
 リンがこっそり持って来ていた酒を飲み、彼女が飲酒のたびにやらかす絡み癖に男性陣と弥生が巻き込まれていた頃。留衣(るい)はこの場に睦月(むつき)の姿がない事に気がついた。食事の時には彼女の姿があった。さて、どこへ行ったのやら。
 留衣はリン達の事をウィリーにまかせ、廃寺を出た。その時に、リンが弥生に面白半分に酒を飲ませようとしていたところをヴァイスとリュウが必死に止めていた。
 楓はと言うと、すでにリンに酒を飲まされていたらしく、頬が赤く息が酒臭い状態でほろ酔い気分だった。

 留衣が廃寺の裏手に回ると、睦月がいた。彼女は今朝と同じ剣道(けんどう)の黒い稽古着(けいこき)に黒い袴(はかま)。腰には木刀(ぼくとう)を差していて、素足(すあし)に草履(ぞうり)。  漆黒(しっこく)の髪(かみ)は、白い鉢巻(はちまき)で束ねられておらず解いている。一本一本が、風にふかれるたびにふわふわと泳いでいる。彼女は、どうやら夜空を見上げている。その姿は留衣がよく知っている姉の睦月ではなく、まるで、年相応の少女のようだった。留衣は自分の姉なのに睦月に見とれていた。睦月が留衣の視線に気づいた時、彼女はどう言い訳をしたら良いのか分からず戸惑(とまど)ってしまった。睦月はかすかに微笑むと、留衣に手招きをして自分の隣を叩いた。留衣はその意味を理解したらしく、彼女の隣に座った。そして、睦月が口火を切った。
「留衣。気を悪くしたら謝るけど、お酒のにおいがする」
「え? うそ。におう?」
「におう。廃寺内、どうなっているの? どんちゃん騒ぎしか聞こえない」
「騒いでいるんだよ。リンさんが」
 留衣が呆れたように言うと、睦月が留衣の発言を疑うように彼女に訊いた。
「リンが騒いでいるってどういう事?」
「リンさんが、こっそりお酒を持ってきていたの。で、あたしが出た頃には弥生さんに飲ませていたよ」
「ふうん。…こりゃ、明日には私とあんた以外の全員が二日酔いかもね」
「絶対にありえるね。…ところで睦姉(むつねえ)、何をしていたの?」
 留衣が訊くと、睦月は上空を指差して答えた。今夜は月が半分より少し顔を見せ、星が瞬いている。
「夜空をね…見ていたの」
 留衣は黙って頷いた。睦月は続ける。
「たまーに、夜空を見上げるのよ。空って、いろいろな顔を見せてくれるでしょ? 涙を流す時もあれば、笑顔を見せる時だってあるじゃない。私、夜空を見上げながらいつも思っているの。『ああ留衣に再び会えるまでにこの月を見られる事ができるのはあと何回かな』って」
 睦月に続いて、留衣も夜空を見上げながら言った。
「あたしは、睦姉と離れた時にはもうあえないって思っていたの。色々あって、師匠(ししょう)やリンさん、楓やヴァイスに会いながらあたしは睦姉と再び会える事を信じていて、今までがんばってきたの。…実はね、見つけたの…その、白い布が巻かれた矢が放たれた日の晩なんだ。詳しい事は言えないけれど、遠くから見たとき…睦姉は弥生さんと一緒で……なんだか、別の人に見えたんだ」
 すると、一陣の風が吹いて睦月の髪をかき乱した。廃寺内のどんちゃん騒ぎが何故か遠くの喧騒(けんそう)のように感じてしまう。二人の間に長い沈黙が続く。それを破ったのは睦月だった。
「たしかに、そう見えたのかもしれないわね。でもね、あの山であんたに再会した時、一瞬だけあの頃の留衣と違うって思えたの。言わば、リン達に対する一種の嫉妬心かもしれないし、見慣れているのに始めてみたような感覚に陥ったのかもしれないのよね」
 そっか、と留衣は頷いた。その時、こちらへ誰かが駆けて来る音が聞こえてきたので二人が振り返ると、リュウがこちらへ走ってきていた。
「どうしたんですか? 師匠」
「リンが…壊れた」
「「はあ?」」
「とにかく、来てくれ。俺の手には負えないんだ、あいつら(・・・・)」
 リュウを先頭に二人が廃寺内へ戻ると、そこは酒の臭いが充満していた。楓はすでに酔いつぶれて寝ているし、リンはげらげら笑いながら手酌で酒を杯に入れて飲みながら弥生に絡んでいる。弥生はというと、頬が赤く呂律(ろれつ)が回らない上に、リンが酒臭い息を吹きかけているのを嫌がるかのように泣いている。ヴァイスはというと、頬が赤く空の一升瓶相手にブツブツ言っている。ウィリーは天井の梁にとまって眠っているようだ。
「何ここ…酔っ払いの社交場?」
 睦月が二人に訊いた。二人は睦月の肩をそれぞれ持って、
「うちの暗黙(あんもく)の掟(おきて)の一つなんだよ」「リンさんに、お酒の一滴(いってき)も飲ますなって」
「一応訊くけど、リンに酒一滴でも飲ませたらああなるの?」
「「ああなる」」
 睦月が訊くと、師弟は声をそろえて答えた。睦月は、納得したらしく廃寺の奥からぼろぼろの布団を持ってきて楓にかけてやった。それを見ていた弥生が
「むちゅきー、たしゅけてよー」
 と呂律が回らない口調の上に眠そうな声で言ったので、彼女は黙ってリンと弥生を引き剥がして弥生を担いで角に置いておいた。そして、また布団を持ってきてすでに寝息を立てている弥生の上にかけてやる。空の一升瓶を抱いて寝ているヴァイスの上にも布団をかけた。弥生に絡みながらげらげら笑っていたリンは杯と栓をした一升瓶を持ったまますでに夢の中だ。リュウと留衣も、奥から布団を引っ張り出してきてリンの上に布団をかけた。そして、睦月にも分けてやろうとした。が、彼女は荷物の中から羽織を数枚引っ張り出してきてそれを身にまとい、腕を組んで弥生のそばの壁に全体重を預け、すでに寝息を立てていた。木刀は彼女の両腕の中にある。
「すでに寝てんな、こいつ。布団いらね―のかよ」
「布団が少ない事を察知して、自分だけ我慢するつもりなんですよ」
 リュウが呟くと、留衣が言った。すると、彼は
「俺、ここで寝るわ。留衣、お前その布団使え。師匠命令」
 と、廃寺の入り口付近で寝ると言い出した。留衣は
「良いんですか?」
 と訊くが、リュウは
「俺が良いっつってんだ。遠慮するな」
 布団も持たずに腕を組んで寝た。留衣はとまどいながらも布団をかけて眠った。

Fin.

後書き(と言う名の言い訳)
えっとですね、これはキリ番400を私が踏んでしまい、リクを募集したところ、神無月 夜音様がリクをくださいました。
『タイトルは夜空を見上げて思うことで、内容は自由』と。で、ご本人の了承を得て『真実の鍵』の番外編を書き上げた代物です。最低でも前半は姉妹で水入らず思う存分語り合ってもらおう! って言うノリで書き上げました。最初に書き上げたものを改めてみた際、めちゃくちゃネタばれしているので、『これを見せたら何を言われるやら』と思い、書き直しました。本編とは違うほのぼのさが漂う話になったと思います。
個人的に書いていて楽しかったのは『飲酒してぶっ壊れたリン』です。(激爆)
神無月 夜音様、リクどうもありがとうございます。こんな番外編でよろしければ受け取ってください。



雲峯水零