桜色の蕨餅

 宝治共和国(ほうじきょうわこく)の首都・弘化(こうか)の南に位置する町・粕谷(かすがい)。その入り口に近い場所に桜の大木が1本生えている。その大木は、空を覆(おお)うほどに枝を生やし、その先に薄桃色の花を咲かせていた。



『明日の早朝に、粕谷に行くぞ。寝坊した奴は即置いていくからな』
 夕食時にリンが言った時、弥生(やよい)は一瞬だけ最悪の事態を想定した。すると、弥生の右隣に座っていた睦月(むつき)が彼女の方を見て
『安心しなさい、弥生。出発時刻の半刻前になったら、私が起こしてあげるから』
 と言って、弥生を安心させた。



 その日の夜。
 眠れない弥生は、隣で静かに寝息を立てている睦月をはじめとする面子を起こさないようにそっとその場から抜け出すと、桜の大木がある場所まで走った。
 弥生が桜の大木がある場所まで着いた時、それは日中とは違う夜の顔を見せていた。花弁は月光を浴びてきらきらと光らせ、花びらは夜風が吹くたびに舞い踊り地面へ落ちていく。
 桜の花びらが夜風に吹かれて散る様を見るたびに、弥生は一人昔のことを思い出していた。
 それは、まだ二人が天正村(てんしょうむら)に住んでいた頃の話。



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 睦月が、弥生の家に居候を始めて1年目の春の暮れ。弥生は、家の縁側に座って足をぶらつかせていた。その顔は――ほんのわずかだが――赤みが差している。
 その日は睦月がどこかへ出かけているので、やる事がない。それに、その日の弥生は軽い風邪を引いていた。
 睦月曰く『安静にしていて熱が下がったら、俺がおいしい物を作ってやる。それまでに、布団で寝ていろよ』と念を押されていたが、寝るのに飽きたのでこうして今に至っている。
 ――安静にしていろ…って、言われても…。ヒマだなー。
 睦月は今、村の住人の一人に呼ばれて外出中。自分は今風邪を引いていて外出不可能の状態だ。故に、今考えつくだけの暇つぶしと言えば…障子(しょうじ)を開けて部屋の換気をする事と、春の暮れ特有の生暖かい風を己の体に当てて熱を下げさせる事位だろうか。この光景を睦月が見たら『熱がぶり返すぞ』と言って呆れるかもしれないが、弥生にとっては体がいい具合に冷やされて心地良いぐらいだ。
「ふぁ〜…気持ち良いな…」
 弥生がにんまりと微笑みながら呟いた時、

「そこで何をしている?」

 背後から地を這うような声が響いてきたので弥生がその場から恐る恐る振り返ると、そこには完全に目を据わらせている睦月の姿があった。顔立ちはいつものポーカーフェイスで口元は三日月の形をしているが、雪景色を思わせる銀色の眼だけが全く笑っていない。
 弥生は防寒着を一つも身に着けずに真冬の外に出たかのようにガタガタ震わせて、小動物のような目で睦月を見つめる。それに対し、睦月はそんな弥生の態度に心揺れることなく、人差し指で布団を指差した。
「寝ろ」
「…はい」
 睦月の有無を言わせぬ口調を前にしても、弥生は文句一つ言う事無く寝床に戻って布団に入ろうとする。すると、睦月が弥生の額に手を当てると、小鉢を差し出した。
「食って寝ろ」
 頭上にクエスチョンマークを浮かべた弥生は、小鉢の中身を見て頬を赤く染めた。
「え? これって…蕨餅(わらびもち)?」
「蕨餅以外の何に見えるんだよ、それが」
 小鉢の中身は、桜色に染まった蕨餅。表面には黄(き)な粉(こ)がかかっており、餅の一つに楊枝(ようじ)が1本刺さっている。弥生は蕨餅をじっと見つめていると、睦月を上目遣いに見上げて尋ねた。
「蕨餅に何を入れたの?」
「…あんたの風邪が早く良くなるように、魔法をかけたって言ったら信じる?」
 睦月が珍しく本来の口調で訊き返した時、弥生は微笑みを深めて首を縦に振った。睦月はそれを見て、楊枝を使って弥生に蕨餅を食べさせる。弥生も睦月に文句を言うことなく、素直に従う。
 その光景は、病気にかかった子どもを看病する母親と子供のやり取りのようだった。



 余談だが、この後睦月は弥生の風邪がうつってしまい…弥生に看病をされたとは言うまでもない。



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 ――懐かしいなぁ…。あの蕨餅。睦月に頼んで、また作ってもらおうかな。
 弥生は桜を見つめながら、そんな事を考える。なんとなく右二の腕に視線を移すと、着物越しに見えるのはほのかに見える赤い風車。弥生は深呼吸を一つすると、元いた場所へと戻って行った。

Fin.

後書き(と言う名の言い訳)
ええっと…やっと書き終わりました。長かった…と言うか、サボりすぎました。(失礼! すみませんでした。(土下座
天宮慧さんとの相互記念小説『ほのぼのとした優しいファンタジー』と言う事で…『真実の鍵』番外編ですよ、奥さん! (?
『桜色の蕨餅』をタイトルに入れたかったので、その蕨餅がお店などで出回っている間中に書こうと思ったのですが…今は秋です。すみません、私の遅筆が原因です。
『桜色の蕨餅』は正確には『桜の花びらを何かでつけて刻んだ物を蕨餅に混ぜた物』です。私も最初これを見た時「食べられるのかな?」と半信半疑でしたが、実際に食べてみると美味でした。蕨餅が苦手じゃなかったら、おススメです。



慧さん、ええっと…このような駄作サイトと相互リンクをしてくださり、ありがとうございます! こんなのでよろしければ、どうか受け取ってくださいませ!!
これからもよろしくお願いします!!



雲峯水零