『罪』は、人間が犯すもの。だけど、罪を犯すのは人間だけではない。
理 −ことわり−
天界の中も、夜になれば我々が住む世界――人間界のように闇が広がる。その闇の中を、一人の天使が駆け抜けていく。天使は、何かを見たらしく恐れと不安で顔がこわばっている。
彼女の外見は五〜六歳前後、金髪碧眼で顔立ちは少女そのものの純粋さを前面に押し出したような顔をしている。
服装は白いワンピースで、茶革で作られたサンダルを履いている。彼女は立ち止まると、地面にしゃがみこんだ。金糸を思わせる髪が顔に張り付いたままだ。
その天使は、巨木の幹に座り込むと薄桃色の唇をふるわせながらつぶやいた。
「見ちゃった…どうしよう…。……見ちゃった…」
その直後、その天使の背後に黒い布をまとった者が現れ、少女がどうなってしまったのかは闇のみが知る。
******
我々人間が住まう次元――人間界とは別の次元に、天界と魔界がある。
その昔、天界と魔界はお互いの存亡を賭けて争いを起こした…何百年という時をかけて。結局争いはある事件を境に両界の代表者――すなわち、天帝――人間界の住人が『神様』と呼ぶ存在だ――と魔王自らが和平を結び終結した。
だが、両界は争いという代価で“犯罪者”を生み出した。時を重ねるに連れて“犯罪者”は増加しこれには両界の権力者達は頭を痛めた。それに対応するべく、両界は“犯罪者”に対するべく“執行者”を生み出した。
噂によると、その“執行者”は天界と魔界の境付近にある森の奥深くにひっそりと暮らしているそうだ。
******
太陽が昇り、天界に住まう者――天使はそれぞれ己の仕事や活動を始める。太陽光で光り輝く神殿へと向かう天使達に混じり、一人の天使が慌しく駆けていた。
その天使は外見が十代後半から二十代前半。金髪金目で端整な顔立ちからして女性に見えるが、目つきからして男性だと思われる。金色の髪は短く切られていて、額と顔には汗が浮かんでいる。背中には、天使特有の一対の白い翼が生えている。
服装は足首までの白いワンピース。腰には茶革のベルトを腰に巻いていて、足には茶革のサンダルを履いている。
あの天使は、どこへ向かおうとしているのか?
天使は、息を切らしながら天界と魔界の境付近のあの森へたどり着いた。そして、入り口に手をかざして呟く。
「イオン、シルエラ。僕だ、キールだ」
天使――キールは、森へ足を踏み入れた。その時、上から樹木を切り倒して作られたと思われる槍がキールの頭上から降り注いできた。あの槍に一本でも当たれば、彼はひとたまりもない。キールは、右へ飛ぶことで串刺しをまぬがれた。だが、着地地点の土が崩れ、その場で落ちて尻餅をついた。
「いててて…。ルナ! お前の仕業だろう!!」
「あっはは! あーっははは! あーおっかしい! やーいやーい、ひーかかったー。ひーかかったー」
キールの頭上に現れたのは、彼よりも小柄な少女だった。外見は十代前半で黒い髪に金色の眼。背中に悪魔特有の一対の黒い蝙蝠の翼が生えている。
服装は黒いハイネックのノースリーブ、両手に黒い手袋をつけていて、黒のミニスカートを穿いていて黒のニーハイソックス。靴は黒いブーツを履いていた。
「姉御が今朝あんたが来るって言っていたから、罠を仕掛けておいて正解だった〜」
少女――ルナは身体をくの字に曲げて、笑いをこらえながら満足げに言った。すると、
「ほう。それならば、後片付けは全てお前がやれ。ルナ」
全てを凍らせるような声にルナがびくリ、と顔を引きつらせて下を見た。見ると、黒髪の天使がキールを引き上げていた。
「姉御…なんでいるの?」
「ここは私の住処だ。それに、何でお前がいる? 私はお前が来るとイオンから聴いていないぞ」
ルナに姉御と呼ばれた黒髪の天使は、外見が十代後半。右目が金色で、左に黒い眼帯をしておりそれの下に走っている痛々しい傷跡が彼女の目が見えないことを物語っている。髪型は真ん中に分けていてショートカット、左耳に金のイヤーカフスを二つつけている。
服装は、白いハイネックのノースリーブ、血の色の逆さ十字のペンダントをつけている。左二の腕から指先にかけて長い手袋をしていて、右腕の手首に黒いブレスレットを三つつけている。ウエストには、細い黒ベルト2本がついたコルセット。コルセットの下は膝丈の黒いスカートで、左側にスリットが入っている。靴は黒いロングブーツを履いていた。
「えーっと…それは…その…」
「ここはお前のサボっていい所じゃないぞ」
ルナが彼女から目をそらすと、彼女が一蹴した。すると、
「僕がルナを呼んだんだよ。シルエラ」
眠そうな声と共に、金髪の悪魔が森の奥から飛んできた。彼は外見年齢がシルエラと同じ位でキールと同じ金髪だが碧眼で、髪は背中まである。
服装は襟が顔の半分を覆う白いマントの丈が膝小僧まであり、首に銀十字のペンダントをつけている。マントの下は黒いズボンと黒いハーフブーツがのぞいている。
「ほう、だったらそれを早く言え」
「ごめん。僕、昨日狩りが長引いてここに帰ってくるのが遅かったから」
「貴様はバカか? 私は言い訳なんて聴きたくないんだ」
「……ごめんなさい」
シルエラが一蹴すると、悪魔――イオンは小さくなって謝った。ところで、とシルエラはキールの方を向いて
「何かあったのか?」
「ああ。昨夜あの連中が現れたらしい。今夜頼めるか?」
「またか」
シルエラはうんざりしたようにうめいた。それに対し、キールが真顔で反論する。
「仕方ないだろう。あの連中を狩れるのはお前らだけなんだ」
「…分かった。イオン、仕事だ」
シルエラはイオンの方を向いて言った時、ルナは意味ありげに森の奥を黙って見つめていた。
******
月がでているが、雲で覆われて見えない夜。
闇にまぎれてうごめくそれは、天界にある森の中で獣の肉を食らい、その血をすすっていた。その獣は白い馬のようだが額に角が一本生えている…ユニコーンだ。それは、ユニコーンの血肉を食らい尽くすと、その骸をその場に放置したままその場を立ち去ろうとした。
その時、
「まてよ」
それの背後からイオンが姿を現した。それが合図であるかのように雲が晴れて月が輝き、月光が地面に降り注ぐ。その影響からか、それの正体が見える。それは、全身に黒い布をまとった天使だった。海のような色の目は血走りぎょろぎょろ動き、口元がユニコーンの血と脂でぬれている。
イオンはマント越しに左手で口元をおさえながら、目の前にいる天使に訊いた。
「僕の質問に正直に答えてもらおうか。何で“罪”を犯した?」
『力が…欲しい…だから……食った…』
天使は、だみ声でイオンに答えた。
――完全に手遅れだ。ユニコーンの血肉を食べた影響かどうかはわからないが、のどがおかしくなっている。普通の天使だったら、あんな声は絶対に出せないはずだから。
「バカだな、おい。“天界に住まう全ての獣を食らうのを禁ず”…常識だぞ。そんなに、力が欲しかったのか? あんた」
『お前に…分かるか! “執行者”!!』
天使が右手に持っている血まみれのナイフを持ってイオンに襲いかかった。
『死ねぇぇぇ! “執行者”!』
もう一人の天使が手に棍棒を持って彼に襲い掛かった。が、この距離では避けることができない。その時、
「イオン、動くな。こいつらは私が片付ける」
どこからかシルエラの声がしたかと思うと、ナイフを持った天使の両腕が宙を舞いながら飛んで地面に落ちた。
『うぎゃあああぁぁあああ!』
その天使は両腕を無くしたことの激痛が全身に走りもんどりがえっている。棍棒を持った方は右足を得体の知れない力によって千切られ痛さでのた打ち回っている。
「先に言えよ。シルエラの奴」
イオンはこの場に充満する血と匂いから目をそらしながら呟いた。今度はナイフを持った方にまた得体の知れない力が両腕の根元に加えられ両腕の残りが千切れたかと思うと、首と胴体が縦に二つに裂かれた。
『うわ…わぁぁあ……た、助け』
「助け? 悪いな。私には情けや懺悔なんぞ効かんぞ」
棍棒を持った方が逃げ出そうとすると、シルエラがその天使の背後に現れた。彼女の手には鎖鎌が握られていて、その刃は血と脂によって紅く染まっている。
次の瞬間、その天使がシルエラに気づくよりも早く彼女は自分の目の前にいる標的に向かって鎌を振るった。その天使は首と胴体が二つに分かれ、胴体は傷口から定められた時間と同時に水を出す噴水のように血を噴き出しながら壊れてもう二度と使えない操り人形のように地面に落ちた。
首は宙を舞い、地面に落ちた。シルエラは鎌の血振りを済ませると、自分が殺した天使、否、“犯罪者”とユニコーンの骸を見ながら蚊の泣くような声で呟いた。
「異端な存在は、私達だけで十分だ。…イオン、帰るぞ」
シルエラはそう言って、自分達の住処でもある森のほうへ歩き出す。イオンも血の匂いに倒れそうになりながらも、シルエラの後を追う。
「サド天使」
イオンはシルエラに聞こえないように呟いた。
******
次の日。二人が森の中でルナも交えてトランプをしていると、シルエラが眉をひそめた。
「キールが来たみたいだな」
「昨日のことだろ。誰かさんが死体処理しなかったから」
「“執行者”の仕事じゃないぞ。それに、血の匂いをかいだ位で吐きそうになっていたお前が言える事か?」
イオンが皮肉を言うと、シルエラが倍にして返した。
「こんな所にいたのか」
キールが青い顔で三人の前に現れた。よく見ると、こめかみに青筋が浮かんでいる。
「今日は顔色が悪いな」
「ああ。シルエラ、お前が死体処理をしなかったせいでな」
唇の端をふるわせながら彼が答えた。キールは咳払(せきばら)いをすると、事件のあらましを説明した。
「俺が調べた所、昨夜お前が殺した二人はあの戦争で両親を共に無くしたそうだ。それで、天帝と魔王に復讐するためにユニコーンを食らっていたらしい。昨日、それを見た幼い天使が居たそうだが、その子も口封じに殺して血肉をむさぼったそうだ」
ゲェ、とイオンがうめいた。キールは、シルエラを見据えて言い放った。
「本当に、お前って文字通り“天使の姿をした悪魔”だよな」
「フン。…逆を言えばイオンだって同じだろうが。“,ruby>悪魔の姿をした天使”ってな」
この場のみ、違う空気が流れ出した時、
「ハイハイ! しんみりモード終わり!!」
ルナが手を叩いた。それには三人から笑みがこぼれる。
「キールも交えてトランプやろう。もし誰か負けたら、あたしが考えた罰ゲームやってもらうからね」
おい、そりゃあねえだろ、とキールが抗議したが三人は無視した。
Fin.