薄墨色の過去
私の父親は、ロクデナシ。
簡単に言うと、三度の飯より女と寝るのが好きな男だった。
“氷重”の家の当主としての誇りすら全くなく、常に女中達を『自分と共に寝る女』としか見ていなかった。おばあ様の目測では、家に勤めている女中の半分以上があの男の手中だったらしい。
お母様は、もともと体調が優れなかったお方だった。だけど、優しくて、とても温かい方だった。だけど、あの男に無理やり第四子を懐妊させられたせいで、後に母子共に鬼籍に入ってしまった。
お母様の葬儀中、あの男は悲しむどころか罵った。
『俺の子供を産んでおきながら、奪って行った』
…と。俺の子供を奪った? ふざけるな! 元々体調が優れなかった上に、無理矢理自分の子供を解任しておきながらよくもまあそんな口が叩けるもんだ。大体、私が男装をしなきゃいけなかったのは、お前が父親であり氷重の家の当主だから! お前が父親で当主じゃなかったら、私だって冬香や留衣が着てるきれいな着物だって着れたはずなのに…、私は…あの男から3人を守るために闘っていた。だったらもう、決着をつけようじゃない…お父様。
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あの男がよく外泊するようになった頃。
家の中から、冬香と留衣の姿が消えた。異変はそれだけじゃない…おばあ様が病に倒れて床に伏せるようになった。女中をはじめとする使用人達はもう信用できなかったから、私はつきっきりでお祖母様の看病をした。だけど、病は良くなる所か悪化するばかり。
ある日の晩。私は、ある決意をお祖母様の耳元に伝えた。その時の状態は私でも解る位の…虫の息だったからだ。それを聞いたおばあ様はある情報を私に教えてくれた。その直後、お祖母様は眠るように息を引き取られた。
私は、両手を合わせて黙祷をささげた。そして、懐から同居している叔母夫婦宛てに書いた手紙をその場に置いて、常に持ち歩いていた懐剣と脇差、着替えが入った黒の風呂敷を背中にかついで草履を履くと、その場から飛び出した。
その後の事は、よく覚えていない。覚えているのは、私があの男と共に寝ていた…赤の他人の女とその幼い男児を斬ったという事と、両手に残る人を斬った感覚、返り血で染まった道着と袴(道着と袴は黒だったから判別しづらかったけれど)だけ。
そして街中に大雨が降る中、私は家に帰らずどこかへと走り去って行った。
Fin.