一時限目 −放課後の捕獲劇−
「待たんかい、兎ー! 大人しくお縄を頂戴せえやー!!」
うちは前を走る兎相手に怒鳴った。すると、兎は一旦止まってムダにでかい耳をすませると、左のほうへ逃げて行ってしもうたっちゅうわけや。
「壱葉! 何で、うちらが、飼育小屋から逃げた兎を捕まえなあかんねん!!」
「仕方が無いわよ、青」
うちの横を走っとって、一緒に兎を捕まえようとしている壱葉が言うた。
「学園長直々の頼みだから、さ」
そうやった。事の発端は、一時間前にさかのぼるんや。
******
「飼育小屋の兎が逃げた」
この国立八津頭学園学園長・小鳥遊胡蝶(性別は一応女性・まだ独身貴族)の一言で決まる。
学園長室にいたのはうちこと逆指青、滝西壱葉と零姉弟、冬咲白河と菖蒲兄妹に冬咲兄妹のいとこの鍼碕翡翠の六人。残りは部活の試合出場で公欠しとんのが二人、急な補習があって来られへんのが三人や。
「またか。飼育当番は一体何をしているんだ」
と、菖蒲が顔をしかめながら言えば。
「そう言えばそうね。で、学園長、何羽逃げたんですか」
うちの隣におる壱葉が学園長に尋ねると、
「全羽逃げて、飼育当番が捕まえられたのはせいぜい二羽だけだと」
「えっと、あの飼育小屋には兎が十二羽いるから、あと十羽捕まえたら良いんですね」
学園長の後を零が続けた。
「そう言う事。てな訳で、残りの十羽を捕まえて来て欲しいんだとさ」
「学園長ー。全羽捕まえられたら、今日のあたしの補習を免除してほしいさー」
翡翠がかわいこぶって言うてまうと、
「お前は今すぐに補習へ行って来い。もし、補習をサボったりしたらお茶と菓子抜きの刑一ヶ月だからな」
と、学園長に言われてしもうたから、翡翠は鞄を持って渋々学園長室から出て行ってもうたんや。
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回想終了。
現在学園側は、飼育小屋から半径一メートルを緊急閉鎖して兎を逃がさないようにしとる。うちは壱葉と走りながら目の前の兎を追い駆けとった。すると、目の前に零が走ってきた。あいつも二羽の兎を追い駆けとる。ほんで、オノレの目の前を見た瞬間急ブレーキかける。零が追い駆けとった兎は、目の前の兎――うちと壱葉が追い駆けとった兎だ――と合流してそのまんまうちから見て左側へ走って行った。兎って、あないなに早かったっけ?
零が、兎達を見送りながら口火を切った。
「姉さん、捕まえられた?」
「全く。大体、あんな兎を全羽捕まえるのに何で私だけ魔術を使っちゃいけないのよ?」
「壱葉。あんたの場合は、焔術を使って周囲を焼くからやろ」
うちが言うと、こいつは拗ねた幼い子供のように唇をとがらせて愚痴り始めた。
「何で、八月一日がいないの。あいつがいたら、こんな作業さっさと終わるのに」
「仕方が無いよ、姉さん。八月一日君、今日はサッカーの試合があって公欠なんだから」
零が言うと、壱葉はあごに手を当てんねん。すると、こいつは指を鳴らして懐から吹き矢を取り出した。ほんで、兎が逃げた方向へ走り出す。
「壱葉、それはちーとばかしマズイで!」
「姉さん、本気?!」
うちと零は、慌てて壱葉の後を追い駆ける。が、当の本人ははるか彼方。しかも、前方の兎に吹き矢を構えて……二回続けて矢を放った。矢が刺さってしまい、倒れる二羽の兎。
「壱葉、何をしとんの?!」
「姉さん?!」
壱葉の行動にうちはとっさに口を抑え、零は頭を抱えた。そして、壱葉は二羽の兎の首をつかんでうちらの所へやって来ると、こう言った。
「二羽、確保」
「「へ?」」
うちと零は、揃って間抜けな声をあげてしもうた。それを聞いた壱葉はちびっと眉間にしわをよせると
「あのね。いくら私でも、吹き矢に毒なんて塗らないわよ。バカにしないでくれるかしら?」
「え? やあ、矢に塗っとったのって何?」
「新作の麻酔薬。今日、魔法薬の実習授業で作って矢にぬっていたのを思い出してね。使ってみたの。
授業時間の都合上効果とかは次回に回されちゃってね。で、早く見たかったから、さっきテストしたのよ」
と、壱葉は嬉しそうに笑いながら言った。
うちは零の方を見ると、腹を抑えて顔をしかめとった。あの状態だと、かなり胃にきたらしいな、可愛そうに。それをみながら、うちはそっと壱葉に耳打ちをした。
「壱葉、後で零に胃薬処方しておいた方がええと思うで」
「…言われなくてもそのつもり」
壱葉はちびっとだけためて答えた。その時、天地さえも轟かせてしまうような銃声が五回。この銃声は…菖蒲! あいつ、校内で何をしとんの!!
胃痛で苦しむ零とそれを開放する壱葉をその場に残し、うちは銃声の方向まで走った。
銃声の方向には、菖蒲がいた。しかも、ライフルをかついで。本人の近くには、六羽の兎が倒れとった。
「菖蒲、何をしたん!」
「麻酔弾を使って眠らせた」
「でかい銃に麻酔弾を忍ばせて?」
「ああ。作業が効率よく進むのと、銃の鍛錬を兼ねてな。それと青、これは銃でくくるんじゃない何回言ったら理解できる。こいつの正式名称は、アメリカのスプリングフィールド M14だ」
「そないなもんはどうでもええ!」
うちは、菖蒲の耳をつかんで叫んだんや。
「菖蒲、校内で銃乱射するなって何回言うたら理解できるんや、ボケ!!」
その後。
飼育小屋の前で、耳を抑えとる菖蒲と、デカイ声出したせいで喉が少しだけかれとるうち。不満顔の壱葉と胃痛を堪えながら来た零が来ると、両脇に二羽の兎を抱えた白河が待っとった。壱葉が特殊な技術(と言う名の以下略)で小屋の鍵を開けて、捕まえた十羽の兎を放り込む。再び壱葉が特殊な技術で鍵をかけると、捕獲劇が終了した。
「終わったな」
白河はそう言うと、零を連れて寮へ帰って行った。菖蒲は、銃を専用のケースに入れるとどこぞへ行ってしもた。
「青ー、今日はお好み焼きが食べたーい」
壱葉がうちに言うと、
「ええけど、今日はたこ焼きにするつもりやったんやけど。この間、『たこ焼きが食べたい』って言っとったやん。壱葉」
「あ、そうだった。お好み焼きは今度でいい」
「わかった」
「チーズも入れてね」
「冷蔵庫にあまりがあったら考えたるで」
うちと壱葉は、今日の夕飯について議論をしながら寮へ帰って行った。
******
後日談。
菖蒲は銃を校内で使用したさかい、学園長にこっぴどく叱られとった。叱られた後、菖蒲は
「今度からは、銃口にサイレンサーをつける」
と壱葉に耳打ちをしていた。こいつ、全然懲りてへん。
ちなみに、壱葉はストーカー被害に悩んでいる晶華姐はんの所へ例の吹き矢を渡したらしい。姐はんはと言うと「兄さんの撃退にも使える」と、エライ喜んどったんだとか何とか。
Fin.