三時限目 −若き生徒会長の悩み−
特舎一階右隅にある、総合生徒会執行部室。そこは、教職員の独断と偏見によって選ばれた生徒のみ立ち入る事ができる無法地帯だ。
学園長室の住人・『危険因子』達が生徒達の味方で教職員の天敵ならば、ここの住人達は教職員の味方で生徒達の天敵。
生徒達は彼らを敵視し、こう呼ぶ。『総生』、『教職員の犬』と………。
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「はぁ〜」
何代目かの総合生徒会会長・高等部二年の高岡修也は、本日何回目かのため息をついた。
ため息の原因は、学園一のトラブルメイカーでもある『総生』の一人がやらかした不始末の処理事務に負われているのではなく、寮のルームメイトとの仲(同じクラスメイト)に対して悩んでいる訳ではない。
「あの〜、三日月先輩。ま、ま、また…みたいです」
総生最年少・初等部四年の御巫雷は、修也の様子を見ながら中等部三年の三日月依鶴に声をかけた。依鶴は、修也の様子を見るや否や、思い切り顔をしかめて高等部一年の逆指勉の方を見た。依鶴の視線を感じた勉は、真顔で呟いた。
「…またか」
「どうにかなりますか?」
依鶴が顔面にありありと『あれでは仕事に支障が出るんですけど』と訴えながら勉に尋ねた。
それに対し、勉はとても欲しい物を金銭面の都合上諦めざるを得なかった女子高生の様に「わかった。なんとかしてみる」と言った。
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『…そんな訳やから、頼むで。青』
「何でうちなんや? 兄貴達があの会長をどうにかした方がええんとちゃう?」
夕食後の片づけを終えて、いざ風呂に入ろうとした矢先。いきなりかかってきた電話の相手は、うちの実兄・逆指勉やった。せっかくの風呂の順番も、うちが最初に入る筈やったのに壱葉に譲る羽目になってしもうたとは…言うまでもあらへん。
『それが、無理なんや。だからほんまに頼むわ。な? 兄貴を救うと思うて』
「自分が何にもできへんからって、うちにいつも押し付けんといて欲しいわ。大体な、そっちの会長のストーキングに晶華の姐はんがめちゃくちゃ困っとるんやで? 分かっとるんか? 兄貴」
『でもな、会長があの状態やったら総生の仕事に支障が』
「それやったらな、ポリバケツ一杯分の気付け薬でも何でも調合してそいつの頭からかけてみい、アホ。
それでハッキリするはずやで〜。自分の行いがとんでもないレベルの愚行やったちゅう事にー」
『そ、そなけったいな事ができるか、ボケ! それに、あれは』
「あれは? …はっ、良く言えるわ。昔、家のリビングで昼寝しとったお父ちゃんの顔面にキンキンに冷えたレーコーぶちまけてしもうたのは誰やったっけー? 兄貴」
『うっ…』
兄貴が二の句が告げん状態になった。うちは、内心にやりと笑いながら続ける。何をって? 言わんでもない、兄貴に対する精神攻撃や。
「あの後な、うちやってないのにお父ちゃんにめっさ怒られたんやで。それに対してあんたは、借りてきた猫みたいに大人しゅうしとったよなー。『僕やってない。青がやった』って。何実の妹に自分の罪擦り付けとんねん」
兄貴がますます縮こまっているのが手に取るように分かる。ようし、もう少しや。
「妹のうちに責任転嫁すんな、このガリ勉運動オンチバカが! そないな下らん用事で、うちの所まで電話をかけて来んといて! 今度かけて着たらみんなに言いふらしたるで。昔、近所の大型犬が怖いから言うて、その人ん家を通るたびにうちにすがっとった事をな。ほいたら、おやすみ。当分こっちへかけて来んといて、うち今無性に気ぃ立っとんねん」
うちは兄貴に対して言いたい事を言うだけ言って、受話器を置いて一息ついた。すると、タイミングよく壱葉が風呂から出てきた。
「青、さっきの電話誰だったの?」
「どっかの大岩頭バカたれからやった」
「ああ…」
そう言うと、壱葉は納得したかのように頷いた。さすが壱葉、分かってくれるわ。
「こりないわね、あんたのお兄さんをはじめとする総生の連中と、ついでにあの会長も」
「姐はんの本性を知らへんからあんなに妄想が暴走しとるんやって。絶対に、市販に出まわっとるギャルゲーとかエロゲー全部制覇しとると思うで〜」
「…青。それやったら、日常生活に支障が出ちゃうんじゃない?」
「出えへんやろ。だってな、あの総生の頭やで?」
うちがそう言ってけらけら笑うと、一旦部屋に戻った。
さあて、風呂に入ろか。
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次の日…は、土曜日で学校は休み。そやから、全員寮の談話室の一角を陣取って作戦会議を開くハメになったんや。
ハシバミは、何や知らへんけど高知の実家へ帰省(昨日メールで知らせた時に、返事に収穫がどうのこうの書いとったような…)。八月一日は、サッカー部の練習で学校に行っとる(練習が終了次第、こっちへ直行するとか言いよった)。白河と蓮は剣道部の練習で学校、翡翠は補習で学校。
残り、つまり今ここにおる面子は…うちに壱葉、零に菖蒲に晶樺の姐はん、そんでもって姐はんの実兄の新沢蒼夜。この六人や。
ここ、八津頭学園は国立の全寮制。小学生から高校生まで一つ屋根の下や。…ちなみに男女別な。
寮の敷地は、校舎と道路をはさんだ所にあるんや。校舎から見て右が女子寮、左が男子寮。で、その間がお互いの寮の出入り口でもあり、共同スペースなんや。
共同スペース内は、料理がうまくできへん学生とか小学生が利用する食堂(キッチンスペースがある部屋に住めるんは中・高等部の生徒だけの特権なんや。まぁ、この部屋に入るには初等部卒業間際に学校側が希望を取るんや。ただし、同じ部屋の子と徹底的に話し合わなあかんのが必須条件。一方の主張だけでは通らんからな)、談話室など色々な部屋があるんや。ちなみに、寮のおばちゃんの部屋もこのスペース内にあるんやで。
ちなみに、寮はオフィスビル並みに高い建物やけど…中間にある共同スペースは雑居ビル並みの高さの建物なんや。
談話室は、円形のテーブルがカフェ並みにあり、そのテーブルの周りを椅子が囲んどる。その広さが、高級ホテルの喫茶店並みみたいな感じやと思うてくれたらええ。ケンカ禁止で球技系の遊び禁止以外は何したって自由や。
うちら以外は男子がエロ雑誌見てゲラゲラわろうたり、女子が色恋話に花を咲かせたり、小学生が宿題を見せあいっこしたりカードゲームをしたりして皆思い思いの時間を楽しんどる。それに対し、うちらが陣どっとる場所だけ流れ取る空気が違うように感じてしまうんやからな。皆を見渡して、うちが口火を切った。ついでに、風呂敷包みを机の上に置く。
「ええと、今日は貴重な休日の時間をわざわざ割いて来てくれて助かったわ。ほんまに、礼を言うで。今日は詫びとか色々兼ねてうちが人数分のお弁当を作ってきたさかい、後で各自食べて帰ってーな」
「気にしないで、青ちゃん。今日は、あのストーカーについての対策でしょ?」
姐はんがにっこり笑いながら言うと、いきなり蒼夜が口を挟んできた。
「全く、あんなドブネズミが僕の可愛い晶樺をスト…ブフォッ」
菖蒲が蒼夜の後頭部を掴んで、顔面をテーブルに沈めてしもうた。そして、一言。
「蒼夜。お前はしばらく黙っていろ。話が進まんからな」
…さすが菖蒲や。
菖蒲は、蒼夜をにらみつけると
「まず、晶樺が置かれている状況を整理しよう」
と言って、懐から紙束とペンケースを取り出した。そして、姐はんの方を向いて
「ストーキングされるような事について、心当たりはあるか?」
と訊いてきた。
姐はんはあごに左手を当てて少し考えると、あごにあてとったて取った手をあごから離して指を鳴らすと
「多分、去年の春が原因かも」
と答えた。それを聴いた菖蒲が眼を据えて
「できる限り詳しく教えてくれ」
と言った。そして、姐はんは一言ポツリ。
「その出来事について詳しいの、蒼乃なのよ」
と言って、目をつぶること数秒。皆が息をのむ中(蒼夜はまだ気絶しとる)、目を開いた姐はんは、皆を見据えるや否や
「久しいな、皆。相変わらずで何よりだ」
と呟いた。そして、菖蒲が
「蒼乃、いきなりですまないが総生の頭がストーキング行為に陥った原因について教えてくれ」
と切り出した。蒼乃の姐はんはため息を一つついて語り始めた。
それは一言で言うたら、単なる一方的な思い込みやった。あほらしくて詳しく言いとうない位のな。
その後は、今やっとるストーキング対策の強化することについて話し合うたり、うちが持参した弁当を各自食べてお開き、という形になったんや。
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そんなこんなで数日後。
いつものように総生の頭が姐はんに手紙を渡しとった現場に直面してしもうた。その場には、うちと姐はん、頭以外にも数人生徒が行き来しとる廊下。他の連中は『いつもの事だ』と感じてシカト。うちにいたっては、内心どういったらええのかわからん状態や。
「晶樺さん、受け取ってください!」
姐はんは懐からハンカチを取り出して、手紙をそれで包んでしもうた。そして、奴に向かって一言。
「思い込みも程々にしろ、ガリ勉ストーカー」
と言うや否や、その場から立ち去ってしもうた。うちは、半分目を細めて頭を見てからその場を立ち去った。その後で、頭の「破られた…」と呟きながらすすりないとる声が聞こえてきたとは言うまでもあらへん。
放課後。
いつものように皆で集まってのティータイム。愛用の湯のみで梅昆布茶を飲んどる蒼乃の姐はんに今日、廊下での出来事を訊いてみた。
姐はんは、懐から例のハンカチに包まれた長方形の物体――多分、総生の頭が渡したラブレターやと思う――を取り出してハンカチ越しにラブレターを持ちながら一言ポツリ。
「ストーキング行為等々について警察関係に通報する際、こっちにとって有利な証拠の一つになるからな。ちなみに、あの時あらかじめ奴に幻術をかけておいたんだ。そうでもしないと、あいつはますますつけあがるからな」
と言って、菖蒲が差し出したファイルに手紙を投げ入れた。ちなみにラブレターを包んどったハンカチは、丁寧に折りたたんで懐にしまっとった。その時の姐はんの顔はお気に入りのおもちゃを見つけた子供のようやった。
Fin.