参話 −白蛇伝承の村− 参


 その時、


「よぉ」


 暗闇からリンが姿を見せた。

 服装はあの森で見せた巫女装束(みこしょうぞく)ではなく、黒いハーロックカラーのジャケットに白いワイシャツ。黒いズボンに黒い軍靴(ぐんか)を履いている。ただし、ジャケットの(えり)部分を立てていて、(そで)をジャケットごとまくっている。

「何の用だよ、リン」

「何って途中報告を聴きに来たんだよ、バッカじゃねーの?」

 リュウはリンに報告をした。だけど、リュウが大雑把に説明をしたのでヴァイスがフォローを入れる羽目になったが。

 二人の報告を聞いたリンは腕組みをして考えていると、口を開いた。

「白蛇が生贄を求める訳無いだろ。どアホ共が」

「はぁ?」「…どういう事だ? リン」

「いいか、白蛇って言うのは神の使いなの。何でその神の使いが生贄を求めるんだ?」

「あ。…てことは」

「その白蛇を操っているバカたれがいるってことだよ。それも調査して来いって“上”に命じられていたの忘れていたんだった。ゴメンな〜」

「そう言う事は最初から言えよ、バカ!」「…おい」

 二人はまた仕事が増えたことを感じた。そんな事なんか全く知らないリンは「それじゃ。そう言うことで」と言ってその場を去った。

 再び取り残された二人は急に吹いてきた風で寒く感じたので(やなぎ)宅へ帰って行った。



******



 その頃、物見矢倉(ものみやぐら)では。

 留衣(るい)は双眼鏡越しに見えた睦月の目を未だに忘れられずにいた。あの――留衣本人にしか分からない、何かを頼んでいたような目を。

 ――あの時、冬兄(ふゆにい)は一体あたしに何を伝えようとしていたんだろう? まさか

「…衣、留衣!」

 (かえで)の声で我に帰った留衣は、双眼鏡から目を離した。右側を見ると、半目でこめかみに青筋を浮かべた楓がいた。

「あ、楓。いたんだ」

「いたんだ、じゃねーよ。お前さ、僕が話しかけているのに生返事! 双眼鏡をずっとのぞいていて何をやっていたんだよ、お前は!!」

「ああ、ごめんごめん」

 留衣はアハハ、と笑ってごまかした。楓はその様子に呆れると立って伸びをした。

「さっき師匠(ししょう)から無線で連絡があった。『とっとと戻って来い』だとさ」

「はいはいって…どうやって降りるの? ウィリーは使えないし、イヴァンじゃ無理なんですけど」

「だな…じゃ、来た時と同じようにするか」

「…早くしてよね」

 留衣がシグザウアーSSG-3000をかついで左肩にウィリーを乗せると、

「それはこっちの台詞だ」

 楓は留衣を再び姫抱っこすると、近くの木へ忍者のように飛び移った。飛び移りながら、留衣は楓に尋ねた。

「師匠達、何を話していたか分かった?」

「大体は。でも、それは近くで聞いていた僕の師匠の方が詳しいかもしれない」

「リンさんが?」

「ああ」

 楓が村の入り口付近の大木に飛び移った時、そこには既にリンが待ちわびたような顔をして立っていた。彼は彼女の近くに猫のように着地をすると、留衣を下ろす。

「ただいま戻りました。師匠」

「おせーよ」

 リンは不機嫌そうに言うと、林の中へさっさと歩いて行ってしまった。楓と留衣も前方の彼女に続く。林の中を進みながら、リンが口火を切った。

「そっちはどうだったんだ?」

「収穫は全くありませんでした。リンさんはどうでしたか?」

 楓よりも早く留衣が答え、彼女がリンに訊いた。

「あたし? あたしは、結構あったぜ」

 リンは、足を止めるとその場に座りこんだ。彼女の行動に戸惑う二人に対し、『座れ』とジェスチャーをして彼らを座らせる。そして、己の目で見たこととリュウとヴァイスから聞いたことを二人に語って聞かせた。

 林の中からそよ風が舞い、三人の間に沈黙が続く。それを破ったのはリンだった。

「なぁ、留衣」

「は、はい」

 リンは目を半分閉じて、留衣に迫る。

「お前さ、今回はや〜け〜にやる気満々じゃねーか。何かあったのか?」

リンが『今回は』を強調して留衣に訊いた。楓もリンと同じ表情で彼女に迫る。

「そう言えばそうですよね、師匠。お前さ、何かヘンな物でも食ったのか?」

 留衣は楓に声を荒げて「食べていない!」と言い、リンの方を向いて

「誤解が生じたので言っておきますけど、あたしは久し振りの任務だから、最初の任務でやってしまった失敗に対する汚名返上にがんばっているだけです!」

 その弁解に、リンは目を丸くした。そして、顔をほころばせて笑った。

「あーはいはい、そう言う事か。ゴメンなー、留衣。誤解しちまった」

 留衣はリンの反応に対し「別に良いですよ、謝らなくても。気にしないでください、リンさん」と言った。楓は、留衣の弁解に何らかの裏を感じていた。



******



 一方、ヴァイスとリュウは広場から柳の家まで歩いて戻ってきた。その間は二人とも無言だし、他の村人に会わなかったのも幸いだった。

 柳の家に戻った時も、夫婦に会わずに自分たちが寝ている部屋にたどり着く事ができた。リュウがジャケットを脱ぎながら今夜の月を見ていた時、ヴァイスが羽織(はおり)を脱ぎながら彼に訊いた。

「リュウ…お前は白蛇の行動を防ぐ術を……持ち合わせているか?」

「全然。お前は?」

「…同じだ。だが…どうにかしなければ」

「ああ。でもよ、今日はおせーから明日にしよーぜ」

おやすみ、と言ってリュウが布団に潜り込んだ。ヴァイスも彼にならって潜り込む。眠る直前まで、ヴァイスは先ほどの弥生の表情が忘れられなかった。

――あんなに辛そうにしているのには…絶対に訳があるな。



******



 睦月と共に家に帰っている間、弥生はあの時彼が言った一言が未だに耳から離れられなかった。

…私は望みすら果たせずに、白蛇の贄になるんだ。まぁ、弥生のためと割り切れば悔いはないか

 本当は、自分が睦月の代わりになろうと思っていた。だけど、それは彼が絶対に許さない事だと言う事は百も承知。家までの距離は長く感じられ、睦月が部屋に入るときがとても永く感じてしまった。

 弥生はまるで、彼が部屋に入った瞬間に分かれてしまうかのような錯覚に捕らわれてしまった。その事が顔に出たのか、睦月は彼女の顔を見て「心配するな、弥生」と、優しく言って安心させた。

 弥生はその言葉に安心して、部屋に戻って布団を敷いた。そこに入ってすぐに、彼女は夢の世界へ旅立って行った。



 自室に戻った睦月は、布団を敷きながら考え込んだ。

 ――やれやれ。全く留衣の奴は、何であの名前(・・・・)で俺を呼ぶんだか。あの名前(・・・・)は…ま、いっか。昔からのクセって奴は、そんな簡単に抜けやしないしな。…それに、もしあいつ(・・・)がこの場にいたら、俺の決意をバカにするに違いないだろう。それでも俺は、やるしかないんだ。

 弥生が寝静まるのを確認した睦月は、ある決意を胸に秘めて布団を敷き、それにもぐった。