参話 −白蛇伝承の村−
その日の晩。
リュウとヴァイスは“白布の矢”と“花婿”とは一体何なのか、それについての策が浮かばずに柳夫婦宅で一晩泊まることになった。
彼曰く、リュウと同様に『ベルガモット王国軍の関係者』と名乗ったらしい。ヴァイスは自分なりに、任務であの二人――弥生と睦月の事だ――を軍に連れて行くことになった。連れて行く理由は、ベルガモット国軍の名誉に関わる云々で夫婦を納得させたそうだ。リュウはリンがヴァイスを送り込んだ理由が理解できた気がした。
二人はいろりの部屋で老夫婦と共に、卯月が作った夕食を食べながら、彼らに二人のことに着いて訊いた。夫婦は目を合わせると、柳がポツリポツリと話し始めた。
「弥生は、わしらの娘と…その、どこの馬の骨ともわからぬ男の間にできた孫でしてな。ある日突然、娘はいきなり蒸発してしまいまして。やっと帰って来たと思ったら幼い弥生を連れておったのです」
――だから、か。やれやれ、人間とは今も昔も変わらず………だな。
ヴァイスは夕飯を食べながら、昼間の細君の言動を思い出していた。
「この家の離れに住んでいる弥生と言う娘です」
卯月は吐き捨てるように言うと、盆を持ってその場を立ち去った。
「誰の子供だと問い詰めても、娘は全く答えてくれませんでした。わしらはせめてもの情けにと、あの二人を家の離れに住まわせました。弥生はあの髪と目の色のせいで、村の子供にいじめられておりまして。そのせいで、娘が亡くなるまでずっと一日中離れに引きこもっておりました」
柳の言葉を継いで、卯月が続ける。
「睦月がこの村に来たのは、娘が亡くなって四十九日も満たぬ日です。弥生が川から帰って来たと思ったら、人一人担いでおったものですから。私らは驚いて、彼に着替えを渡して粥を食べさせました」
彼は全身ずぶ濡れでしたからな、と付け加えて。二人は夕飯を食べる手を止めて、夫婦の話に耳を傾けていた。
「すると、睦月も弥生と共に住むと言い出して聞かなかったのです。それから三年間ずっと、二人は一緒なのですよ」
「ところで……その、弥生と言う娘が昼間にここへ来た理由は一体何ですか?」
ヴァイスの問いに二人は再び顔を見合すと、卯月が口を開いた。
「その事については教えるわけには…。すみませんねぇ」
と言って、箸を進めた。それは『その話題には触れないで欲しい』とも取れる態度で、どんな尋問や拷問にも耐えて見せる、という姿勢なのかもしれない。リュウとヴァイスも、その話には触れずに黙って箸を進めた。
風呂の支度ができたと二人に告げるときも、夫婦は弥生が昼間来た理由について話す気は全くなかった。二人も、その話題には触れないように努力した。だけど、何か気になって仕方がない。
リュウはヴァイスと共に与えられた部屋で、布団に潜りながら昼間の事で眠れなかった。
「おい、ヴァイス。起きているか?」
リュウは隣で寝ているヴァイスの頭をこづいた。
「…ああ」
「外に出ようぜ。夜風にあたるついでに、当人たちの家によって聴きたい事もあるしな」
リュウの一言にヴァイスはもそもそと起きると、彼に「あっちを向け。…絶対に俺がいいと言うまでこっちを見るな」と言って背を向けた。リュウは言われたとおりにあっち――木枠でできた窓――を見ていた。今夜は上弦の月が輝いていた。
「もうすぐ満月か…」
リュウが呟くと、右肩に再び鉄の処女で貫かれたような痛みが走るのをリュウは感じた。ヴァイスの方をのぞき見るが、彼はリュウの方を向かずせっせと自分の仕度をしている。彼は、そっと自分の右肩を抑えた。
――……俺と補い合う存在が近くにいるって事か。
リュウがヴァイスに気づかれないように深く深呼吸をすると、激痛は少しずつ和らいでいきおさまった。ヴァイスがリュウに「いいぞ」と言ったので、彼は後方を――ヴァイスのいる方向を――向いた。
ヴァイスは眼帯をつけていて服装は昼間と同じ白い着流し、腰に黒い帯を巻いている。リュウは白いTシャツに黒いズボンを、それぞれパジャマ代わりに着ている。リュウは黒いジャケットをヴァイスは黒い羽織をそれぞれ上に着ると、二人はどこかの部屋で寝ている夫婦を起こさないように部屋を出た。
二人は廊下を忍者のように歩くと、玄関にたどりつく。リュウは安全靴、ヴァイスは雪駄を履くと音を立てずに戸を開けて閉める。夜は昼間と違って少し肌寒かった。二人はリュウを先頭に村の中心部へと進む。
「……おい」
「あ?」
「……誰かいるみたいだ」
ヴァイスが指差した先には、二つの人影があった。
「あの二人だ。俺が、今朝会った」
リュウの予想通り、二つの人影は弥生と睦月だった。
******
リュウとヴァイスが、広場で睦月と弥生の二人に出会う数時間前。
天正村から数qはなれた林の中では。
昼間の林が日中の住人の活動場になれば、夜になれば闇の住人が活動を始める場所になる。
リンは、林と道の境目に立って辺りを見回していた。彼女は、誰もいないことを確認すると後ろを振り向いて手招きをした。すると、後ろから足音を一つもせずに楓と留衣が前方にいる彼女に近づいてくる。
留衣は右肩にシグザウアー SSG-3000を吊っていて、背中にリュックを背負っている。楓はフードを外していた。その髪は月光を浴びて銀色に輝き、目の色はヴァイスと同じ青い目だ。
「楓、留衣。お前らは先回りして広場に行け」
「「了解」」
楓はいきなり留衣の背後に回ると、彼女を姫抱っこして大きくジャンプして入り口付近の大木に飛び移った。彼女は慌ててシグザウアー SSG-3000とウィリーを両手に持つ。
「気ーつけて行けよー」
リンがそう言った時、楓は既にその声が聞こえていない地点にいた。彼女はそれを見届けると、自分も天正村へ行くために歩き出した。
天正村の中心部へ移動中、楓は留衣にある事を尋ねた。
「留衣。おまえは天正村に着いてどれ位の知識がある?」
「この国の首都、弘化から一歩離れた村って事は知っているけど。それ以上は全然知らない」
留衣はあさっての方向を見ながら楓に言った。
「ありがとう」
「……。どういたしまして」
「沈黙は聞かなかった事にしておこうか。向こう見ず」
「それは、あんたの気のせい。ついでに、向こう見ずって呼ぶなって、いつも言っているでしょ。このヘタレ」
「ヘタレ言うな、チビ女」
「あんたに言われたくはありませんよーだ!」
二人は、上空で口ゲンカを繰り返しながら、天正村の物見矢倉に辿り着いた。楓は留衣を大げさに下ろすと彼女の右隣に座る。ウィリーは留衣の左肩に移動して大人しくしている。
「あんたね…今度から、ああする時は最初から言ってよ」
「ハイハイ」
楓は、自分の後頭部に手の平を組みながら言った。留衣はリュックのファスナーを開けて双眼鏡を取り出すと、それを首にかけた。そして、シグザウアー SSG-3000に7.62mmx51が総弾数分装填されている事を確認すると、それを構えて再び双眼鏡越しに広場の様子を見る。
広場は、誰もおらず静まり返っている。誰かが来るまで、二人はそれぞれの方法で時間を潰した。
しばらくして、留衣が双眼鏡から目を離して両目の間を指でもんでいた時、弥生と睦月がやって来た。