陸話 −伝承の終焉− 弐
留衣達が陽炎山の奥の奥――弥生達が現在闘っている場所――までに続く道――弥生達が歩いていた道だ――にたどり着いた時、楓が再びマントで顔半分を覆うと地面に座り込んだ。
「…ひどい臭いだ」
「確かに、こっから奥の方で誰かがが戦っているようだしな。さて、と」
リンは再び己の肉体を青い炎にまとわせる。そしてその炎が消え去った時、彼女の姿は九つの尾をもつ狐の姿に変わっていた。その毛並みは髪と同じ位紅く輝き、目は紅蓮の炎のように紅いままだ。
『留衣、乗れよ』
「え、でも…」
『乗れっつってんだろーが、バカ留衣。こんな時に限って遠慮すんな』
リンがあごで自分の背を指した時、そこには楓が既に乗っていた。それを見た留衣は、己の肺活量の限界まで深呼吸を一回すると、楓の後ろにまたがり自分の両腕を彼の腰に回す。楓は、自分の腰に回っている留衣の両腕を見てからリンの耳元で呟いた。
「準備ができました。師匠」
『わかった、飛ばすから振り落とされんなよ。二人とも』
次の瞬間、紅の閃光が奥へと姿を消した。
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ヴァイスは、弥生が木刀を捨てた理由が理解できなかった。そして、無意識に眼帯へと右手を伸ばす。すると、それに気づいた弥生が目を細める。その左肩は、ウシュムガルがかみついたままだ。
「やめなよ、ヴァイス。その眼帯の下がどうなっているのか知らないけれど…コイツは私が倒すんだから、絶対に邪魔をしないで」
先程とは違う口調で話す弥生に、ヴァイスは開いた口がふさがらなかった。それを聴いた仮面の者は、嘲笑うかのように挑発する。
『ははは! お前みたいな無力な小娘に一体何ができると言うんだ』
「無力な小娘? は! たかが私が無力な小娘だからって、甘く見ないで欲しいね」
弥生の碧眼は冷静を帯びている。それと同時に、彼女は昔の記憶を紐解いていた。
――いいか、弥生。この術を解く方法は、さっき俺が教えた呪文を唱える事意外見つからない。それと、さっきの呪文を唱える際は絶対に気をつけて欲しい事があるんだ。それは…。
――睦月…。今は、この呪文を唱える時だよね…。
そして、何かを決意したかのように口を開く。
『……我らに眠りし異様の力よ』
睦月は湖の底へと沈みながら、徐々に意識を手放しつつあった。すると、彼女の耳元に何者かの声が聴こえてきた。
『…い』
――…?
睦月は口元から空気の泡を吐くと、薄く目を開けて己の現状を確認する。
――ああ、そっか。…私、白蛇に水面に叩きつけられて…。
『…寒い』
今度ははっきりと何者かの声が聴こえた。その瞬間、睦月は己の目を見開いて左手の甲に巻いている包帯を解きにかかる。水中で人間が衣服を着た状態で、もがけばもがくほど体力が消耗してしまう。だが、睦月はそれすらも躊躇しようとはしない。
――まさかとは思うけれど…弥生が、あの呪文を唱えているとしたら…!
やっとの思いで包帯を解き終わった時、睦月の左手の甲に、薄い青の鎌の痣が浮かび上がっていた。それと同時に、彼女の耳元に何者かの声が再び聴こえてくる。
『寒い』『ここはどこ?』『助けてくれ』『ここはどこだ』『誰かぁ』『冷たいよう』『お母さぁん』『…こわいよぅ』『苦しい…』『冷たい』『痛いよぅ…お母さぁぁぁ…ん』『苦しい…』『誰か』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『冷たいよう』『お母さぁん』『…こわいよぅ』『苦しい…』『冷たい』『痛い』『苦しい…』『たすけて』『タスケテ』『助けて』『タスケテ』『助ケテ』『助けて』『助けて』『タスケテ』『助けて』『タすケテ』『助けて』『タスケテ』『たすけて』『たすけテ』『助けて』『助ケて』『たすけて』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『助けて』『助
けて』『助けて』『たすけて』『たすけて』『タスケテ』『助けて』『タスケテ』『助ケテ』『助けて』『助けて』『タスケテ』『助けて』『タすケテ』『助けて』『タスケテ』『たすけて』『たすけテ』『助けて』『助ケて』『たすけて』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『たすけて』『助けてくれ』『ここはどこだ』『誰か』『冷たいよう』『お母さぁん…こわいよぅ』『苦しい…』『冷たい』『痛い……死んじゃうよ』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『たすけて』『死にたくなんかない』『タスケテ』『助けて』『タスケテ』『助ケテ』『助けて』『タスケテ』『助ケテ』『助けて』『助けて』『タスケテ』『助けて』『タすケテ』『助けて』『タスケテ』『たすけて』『たすけテ』『助けて』『助ケて』『たすけて』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『タスケテ』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『助けて』『助けて』『助けて』『たすけて』『たすけて』『タスケテ』『ここはどこだ』『誰かぁ』『助けて』『タスケテ』『タスケテ』『助けて』『タスケテ』『助ケテ』『助けて』『助けて』『タスケテ』『助けて』『タすケテ』『助けて』『タスケテ』『たすけて』『たすけテ』『助けて』『助ケて』『たすけて』『助けて』『助けて』『たすけて』『たすけて』『タスケテ』『助けて』『タスケテ』『誰か』『助ケテ』『助けて』『助けて』『タスケテ』『助けて』『タすケテ』『助けて』『タスケテ』『たすけて』『たすけテ』『助けて』『助ケて』『たすけて』『タスケ
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睦月の耳元に聴こえてくる何者かの声。もし普通の人間がこれを聞いていたのであれば、発狂して狂い死にに陥るか、あるいは口から泡を吐いて精神が病み廃人になっているだろう。だけど、睦月は目を閉じてその声を聴いている。
――この声は生者…? 違う、この声は死者の声。…それも、私のように仮面の者によって拉致されて、白蛇に己の肉体を食われて命を落とした者達の断末魔と言うか…なんというか。……確か“死神”って、『個人の能力が族長並かそれに準ずる位だと、己の意思に関係なく死者の声が聴ける事ができる』…って、あの人からよく聴かされていたけれど、まさか本当だったとはね。
睦月はそっと目を開くと、体を回転させて視線を下の方へと移して底の方を見据える。そこには、大量の白骨死体が隙間無く並べられていた。
――白骨死体は、大方が成人男性ってところかしら。水がにごっていてよく分からないけれど。
睦月は殺気を感じて見上げると、頭上から白蛇が大口を空けて襲い掛かってきた。胴体には、リュウが口に大薙刀の柄をくわえてしがみついている。